カテゴリー別アーカイブ: あるくの人人作家見聞記

あるくの从作家見聞記|No.6 グループ展:郡司宏、古茂田杏子、田端麻子

あるくの从作家見聞記<<前回の記事:あるくの从作家見聞記|No.3 小野なな展 、No.4 林晃久展、No.5 古茂田杏子・佐藤草太 二人展あるくの从作家見聞記|No.1 亀井三千代展「絵空言」、No.2 渡辺つぶら展

ライターの山田歩さんによる「あるくの从作家見聞記」も3回目の更新となりました。今回は、7月中旬にギャラリー枝香庵にて開催された「昭和の面影」展のレポートを中心とした「私の中の昭和の記憶」というエッセーを送っていただきました。山下菊二に代表されるように、過去の人人展出品作家にも社会における支配関係や、権力の権威化、保守化を鋭く切り取ろうとする表現活動がみられました。それがあってこその今日の表現であることは、もちろん言うまでもありません。しかし、頭の中だけの理想や理念とはまたちがう、体感や手触りとしての「昭和」という表現もあるのでしょう。72回目の終戦記念日に感じ入る投稿となりました。(文責 ないとう)

あるくの从作家見聞記6

◉郡司宏、古茂田杏子、田端麻子
第8回「うちわと風鈴展」(ギャラリーアビアント)・7月5日~14日、第20回銅版画の会「四角い空」展(青木画廊3Fルフト)・7月7日~13日、「昭和の面影」展(ギャラリー枝香庵)・7月11日~18日 (2017年)

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私の中の昭和の記憶

昭和64年(1989)1月7日、昭和天皇が亡くなった。昭和終焉の日である。その当時、私は長崎県諫早市に住んでいてローカル紙の新聞記者だった。長崎新聞の政治部キャップのF氏が3年前、諫早市に特化した新聞を創刊することになり、私は誘われて記者となった。タブロイド判16ページに二人で記事を書き、手作業でレイアウト、編集して制作していた。F氏が政治、社会面を私が文化、生活、スポーツ面などを担当した。諫早タイムズという新聞の名前から私は、小さな町を歩いていると、”タイムズさん“と親しみを籠められて町の人々から呼ばれていた。そんな折、昭和天皇が亡くなり、紙面の扱い方で私はF氏と口論になり、退社した。F氏は全ページ天皇特集でいくと言ったが、私は反対であった。そういう特集は大新聞や雑誌で行えばよいと思ったし、そもそも天皇制に疑問を持っていたからである。天皇制というものは神輿のようなものであると思っていた。その時代の人たちが担ぐままに担がれるものだったのではないか。「政治的作品」としか私は思っていなかった。

昭和20年(1945)8月15日に太平洋戦争は終わった。写真家の濱谷浩は天皇の肉声によるラジオから流れた玉音放送を聴くなり、部屋から外に出て、真天上の太陽に向かってシャッターを切った。新潟県高田市で暮らしていた時に撮影した名作(終戦の日の太陽)。日章旗が反転したような印象深い写真だ。「風がなく、草も木も動かずぐったり生気を失い、空には雲ひとつなく、ただ宙天に昭和20年8月15日の太陽がギラギラと輝いていた。」と回想記『潜像残像』に書いている。もうそれから72年が経つ。

私は昭和26年に生まれた。まだ日本がアメリカの占領下にあった時である。郡司宏さんはその翌年、昭和27年に東大病院で生まれている(東大卒より凄い!)。日本がアメリカから独立した年。しかし沖縄は占領下のままであった。古茂田杏子さんは、戦後に生まれただろうが、いつも若くて魅力的(サービスかな?)。田端麻子さんは、1996年(平成7年)に多摩美術大学を卒業しているから昭和の後半に生まれているのだろう。若い画家さんだ。この3人が「うちわと風鈴」展と「昭和の面影」展に出品していた。銅版画の会「四角い空」展は古茂田さんが主宰する銅版画教室の画家さんたちとの展覧会。この3つの展覧会に共通するのは“昭和の風情”である。いずれも郷愁や過去の記憶の懐かしさと痛みがある。「昭和の面影」展を企画した御子柴大三氏は「昭和の古き良き時代をそれぞれの画家さんたちに記憶を辿ってもらい自由に描いて欲しかった。私の昭和の面影は哀切と悼みかも知れない」と語る。若くして亡くなった画家、長谷川利行や松本竣介のことが眼に浮ぶのだろう。展覧会場となったギャラリー枝香庵は銀座3丁目、銀座ビルディング8Fにある。7Fまでエレベーターで上がり、8Fまで階段を上がる、途中に小部屋があり、作品が展示され、また階段を上がると小部屋の展示室がある。まるでエッシャーの絵にように水が上からも下からも流れている光景を思い出す。

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「昭和の面影」展(ギャラリー枝香庵)展示風景・7月11日~18日 (2017年)

ちなみに「昭和の面影」展では古茂田さんの作品は「Give me chocolate」と「星の流れに」。郡司宏さんは東京大空襲を描いた「1945年3月10日」と「鉄(クロガネ)」。田端麻子さんは「がまんをします」と「畳のある家」。それらには天皇とは関係のない庶民の哀感が漂っている。古茂田さんの「こんな女に誰がしたぁ~」の唄声が聞こえ、田端さんが「がまんしなさい」と堪えているような気がする(苦笑)。昭和21年1月1日に昭和天皇は「人間宣言」と呼ばれる詔勅を発した。それまで「御真影」だった天皇が国民の前に姿を現したのである。いまでも行われる天皇主宰の園遊会が戦後最初にあったのは昭和28年(1953)、その頃はまだテレビが国民に普及していなかったが、昭和34年(1959)に皇太子明仁(今上天皇)と美智子妃(現皇后)の結婚パレードが行われ、一気にテレビが普及した。テレビで放映される園遊会で昭和天皇はよく出席者たちに話しかけ、相手の答えを聞くと「あっ、そう」と答えていた。いつしか昭和天皇の代名詞は「あっ、そう」になっていた。評論家の松本健一は『昭和天皇伝説』の中で、アメリカのラスベガスでのディナーショーで日本人歌手・朱里エイコが「Ah,So!」という曲を歌っているのをラジオで聴いたと書いている。朱里エイコが英語で何かセリフを言うたびに聴衆が一緒に「Ah,So!」と合唱していたとのこと。私もどんな歌なのか聴いてみたくなった。皇室の大衆化はいまも続いている。

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田端麻子作品「昭和の面影」展(ギャラリー枝香庵)・7月11日~18日 (2017年)

今回、「昭和の面影」の出品作家たちのほとんどの画家は、戦後に生まれ、民主主義の時代の中で画家の道を歩んできた人たちばかりだろう。戦争の記憶は持っていないはずである。しかし、今の時代を生きながらも何かしらの戦争の記憶がそれぞれの人たちに受け継がれているに違いない。私はDNAの遺伝子により性格や体格など遺伝しているだけでなく記憶も遺伝していると考えている。私たちの父母や祖父祖母、さらには遠い祖先たちが見聞し、体験したものが、いまも連綿と遺伝子として私たちに記憶されていると思う。デジャヴィ(既視感)と呼ばれる現象はその事で説明できるのではないだろうか。今は平成の時代だが、多くの人たちの心の中に昭和の面影が記憶としてゆらゆらと蠢いている。いつの時代も遠くにはない、いつも私たちに寄り添い近くにあるのだ。

過去も現在も未来もぐるぐると渦を巻きながら記憶の輪をつくっている。(山田歩)

次回もお楽しみに!

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あるくの从作家見聞記|No.3 小野なな展 、No.4 林晃久展、No.5 古茂田杏子・佐藤草太 二人展

あるくの从作家見聞記<<前回の記事:あるくの从作家見聞記|No.1 亀井三千代展「絵空言」、No.2 渡辺つぶら展

ライターの山田歩(あるく)さんから新しい原稿が届きました。今回の見聞記は東京近郊で行われた人人関連作家による3つの展示について書いていただきました。中にはまさかの「行けてない…!」見られず、聞いただけの見聞記も。考えようによっては面白い試みかもしれません。ゆるりと読んでいただけたら幸いです。

前回のほっとにゅ〜す「大野俊治、郡司 宏、古茂田杏子、田端麻子による展示のお知らせ」でご紹介した郡司 宏、古茂田 杏子、田端 麻子が出展する『昭和の面影』展がギャラリー枝香庵にて、11日(火)から開催予定です。銀座方面にお出かけの際は、ぜひお立ち寄りくださいませ。(文責 ないとう)


あるくの从作家見聞記 No.3

◉小野なな展『がらくた箱』小品 立体、平面、CG+α
65日~17(2017) ギャラリー檜e(京橋)

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小野なな展「『がらくた箱』小品 立体、平面、CG+α」会場風景|2017年6月5日~17日、会場:ギャラリー檜e(京橋)

 京橋の国立近代美術館フィルムセンター近くにあるギャラリー檜eで開催された小野ななさんの個展『がらくた箱』を病院で受診した後に観に出かけた。その日は手術するかどうか判断して貰う日であったが、幸いに外科手術は回避され気が軽くなり銀座へと向かい宝町駅で下車して小野さんの個展だけでなくアートスペース羅針盤で从展創立メンバーが関西で作ったパンリアルというグループに属していた森川渉さんの個展も観た。他に池田龍雄さんや渡辺豊重さんの個展も観て廻り少々草臥れた。それでも大掛かりな美術館の展覧会より個展はやはり良い。作品とゆっくり向かい合うことができるからだ。

 さて小野なな展は画家が体調悪いとの事で不在だった。私は作者と面識がないまま作品だけを観る事になった。ギャラリー内には様々な小品が展示されていて、それぞれの作品から感じたのは病的なほど感受性の強い作家の姿であった。箱の中に納められた人形。そしてCGで描かれた人形の顔やドライフラワー。異次元世界に誘われるような感覚を受けた。私は随分前に読んだ中勘助の小説『銀の匙』を思い出していた。「私の書斎のいろいろながらくた物などいれた本箱の引き出しに昔からひとつの小箱がしまってある。」という書き出しで始まる小説である。虚弱で神経質で、感受性が強く、好き嫌いの烈しい少年だった中勘助が、自分の幼少年時代を子どもの目線で澄みきって描いている。大人の目線ではない。小野さんの作品もそんな感じがする。最初、小野さんは若い女性だと思っていたが、実際は高齢な方だと後で知った。環境問題に警告メッセージを織り交ぜた作品を継続して創作されている。遺伝子組み換え作物種などに関心の高い方である。地球環境の生死に敏感な作家なのである。それで私は、死を覚悟した難病から生還した生命科学者、柳澤桂子さんの言葉「私はこの地球環境の中に生かされている。花も草も虫もいろいろな動物もいて、中の一つとして私がある。」を思い出していた。柳澤さんは、『安らぎの生命科学』の中で「生命は、地球誕生のときに宇宙からそそいできた星のかけらが、海の中で育まれて生まれたのではないかと推測される。その生命のもっとも基本となる物質はDNAと呼ばれる糸のように長い分子である。」とも語っている。小野さんもまた生命の大切さを感じて、宇宙の中の一本の糸のような思いをこめて作品を創られているのではないだろうか。

私もまた星のかけらの一つである。

(山田歩)


あるくの从作家見聞記 No.4

◉林晃久展 「erotica .9 XVⅡ-絵の具とフィルムー」
6月5日~18日(2017年) ギャラリー元町(横浜)

林晃久展 「erotica .9 XVⅡ-絵の具とフィルムー」会場風景|2017年6月5日~18日会場:ギャラリー元町(横浜)、グリッドデザインは編集者による


横浜のJR石川町駅の側にあるギャラリー元町で林晃久展が開かれているのを観に行くことはできなかった。林さんの別名は、マロン・フラヌールである。林さんの時は男性であり、マロン・フラヌールの時は女性の顔を持つアンドロギュノス(男女両性具有者)と言ってよいのかもしれない。ギリシア神話に出てくる男女両性をそなえた神、ヘルメスとアプロディテの子の名前はヘルマフロディトス。ニンフのサルマキスの誘惑から逃れたのでサルマキスは悲しくなって自分の体が彼に結ばれるように祈ったら一体になってしまったのだと、昨年亡くなった美術評論家のヨシダ・ヨシエさんが説明していた。私は林さんの時の彼とは会った事がない。从展で初めてお会いした時はマロン・フラヌールという女性だった。羽黒洞の木村品子さんがマロンちゃんと呼ぶので私もマロンちゃんと声をかけて写真を撮らせて貰った。ふくよかで大柄な女性である。

昔、ある詩人が舞踏家の土方巽さんに会った時、「おいオカマ」と呼ばれたら、「オカマじゃないゲイです」と答えたと聞いた事がある。マロンちゃんだったら、なんて答えるのだろうか。芸術家にはそうした性癖のある人が多いと聞いている。

マロンちゃんの得意技はカメラによる自撮りである。セルフ(自分自身)+ポートレイト(肖像)。マロンちゃんは、作品をphoto、複写、ドローイング、コラージュ、ペインティングで創作する。画面の中には必ずと言ってよいほどマロンちゃんが居る。それも艶めかしいほどエロチックな被写体である。マロンちゃんに似たセルフポートレイトを得意とする画家に森村泰昌さんがいる。彼はマネの作品「オランピア」や「笛を吹く少年」など有名な画家たちの作品にセルフポートレイトして入り込んでいく手法を使っている。森村さんはセルフポートレイトを「自画像」から「自写像」とも言い、さらに「自我像」と呼んでもいいのではないかと著書『美術の解剖学講義』の中で語っている。

しかし、マロンちゃんの作品は森村さんの手法とは違っている。描かれる被写体はご本人そのものである。その周辺をコラージュやドローイング、ペインティングしている。ちなみにコラージュとは普通は糊づけして貼りつける事を意味するが、俗語で「同棲生活」ともいう。写真や文字、布、木片、金属片などなんでも貼り付け画面と同棲させてしまう。

マロンちゃんの作品は幾何学的でユニークだ。そんなマロンちゃんはどこか異人さんのような感じがして、港町・横浜が似合っている。赤い靴履いた女の子は気をつけましょう。

(山田歩)


あるくの从作家見聞記 No.5

古茂田杏子・佐藤草太二人展
613日~21日(2017年) ギャラリー・アビアント(浅草)

古茂田杏子・佐藤草太二人展 会場風景|2017613日~21日会場:ギャラリー・アビアント(浅草)


浅草の吾妻橋を渡り、金のオブジェ(愛称・金のウンコ)のビルを過ぎるとギャラリー・アビアントがある。そこで古茂田杏子さんと佐藤草太さんの二人展が開催され初日に観に出かけた。残念ながら佐藤さんは、不在だった。画家の故・西村宣造さんから彼の絵を観るように頼まれた古茂田さんは、佐藤さんと互いに作品展を通じて知り合い、今回の二人展となったと聞く。古茂田さんは江戸情緒漂う戯画であるのに対して佐藤さんは愛国を謳った昭和の雰囲気で画風は異なっている。共通しているならレトロ感覚かノスタルジーだろうか。古茂田さんは佐藤さんより遥かに年配であり画家として経歴も古い。それ故に彼女を慕う画家仲間も多い。初日とあって画家の緑川俊一さんや森蔦澄子さん、多賀新さん、表装家の岡本直子さん、从会事務局を務める郡司宏さんらが次々に訪れ賑わった。

私は吾妻橋を渡るのは20数年ぶりのことであった。小雨の降る夕方の曇よりとした橋上から眺める墨田川には寂寥を覚えた。芥川龍之介は『大川の水』で「自分は、どうしてかうもあの川を愛するのか。あの何方かと云えば、泥塗りのした大川の生暖かい水に、限りない床しさを感じるのか。」と書いている。大川とは隅田川のことである。また永井荷風『濹東綺譚』の挿絵画家・木村荘八の吾妻橋の絵が目に浮ぶ。吾妻橋の真ん中の欄干に身を寄せて眺めている風景。『濹東綺譚』は向島寺島町にある遊郭の荷風の見聞記。ちなみに「濹」の字は林述斎が墨田川を言い表す為に濫りに作ったもの。文化年代のことである。

私が古茂田杏子さんの絵を初めて観たのは神田にあるギャラリー環であった。ご両親の画家、故・守介さんと美津子さんの絵は2階展示場に飾られ、1階では杏子さんのエッチングが展示されていた。「自画像を描く私」や自らの臨死体験を描いた「こっちの水は甘いぞ、あっちの水は苦いぞ」など印象深い絵を観ることができた。その後、从展では屏風にアクリル絵具で描いたユーモラスな「果報は寝て待て」や今回、アビアントでも展示されている彼女の生い立ちを描いた屏風絵を観た。それから新宿にあるギャラリー・ポルトリブレの『HAIKUと絵とー春―』で池に溺れそうになっている古茂田さんを俳句仲間が吊り上げようとしている滑稽な絵を観た。彼女の俳句「今ならば告白できる椿咲き」の短冊が展示されていた。郡司さんも句会仲間で彼は「出番まつ太夫に似たり八重桜」を詠んでいた。

今回のアビアントでは、古茂田さんは諺に題材を取って和紙に墨、水彩を使い渋い色調で作品を生み出している。茶目っ気たっぷりの杏子姉御は自ら着る白襦袢に「猫に小判を」と描いている。黒の羽織を着て東京、いや江戸の町を風を切り颯爽と歩く姿は、いつもながら惚れ惚れする。(山田歩)

次回もお楽しみに!

あるくの从作家見聞記|No.3 小野なな展 、No.4 林晃久展、No.5 古茂田杏子・佐藤草太 二人展 はコメントを受け付けていません。

カテゴリー: あるくの人人作家見聞記, 人人会ほっとにゅ〜す

あるくの从作家見聞記|No.1 亀井三千代展「絵空言」、No.2 渡辺つぶら展

5月末からホームページ上でスタートした、人人会関連作家の活動紹介の試み。それに連なる企画として「あるくの从作家見聞記」を連載いたします。新聞などの媒体で執筆活動をされているフリーライターの山田歩(あるく)さんが、その名のとおり、人人会関連作家の展示をたずね歩き、見聞記を書いてくださるというコーナーです。東京民報文化欄で『第41回人人展』の展評をしていただいたご縁です。

記念すべき初回は、湯島にある画廊・羽黒洞で開催された亀井三千代さんの展示と、東京大学の目と鼻の先、ギャラリー愚怜で開催された渡辺つぶらさんの展示、いずれも個展です。残念ながらホームページでの告知はかなわなかったのですが、どちらも力作ぞろいで好評となりました。

前回のほっとにゅ〜す「小野なな、林晃久、古茂田杏子による展示のおしらせ」でご紹介した3つの展覧会が現在開催中。是非みなさまお誘い合わせの上、各会場へどうぞ!(文責 ないとう)


あるくの从作家見聞記 No.1

◉亀井三千代展「絵空言」
4月17日~27日(2017年)
亀井三千代展「絵空言」会場風景|2017年4月17日~27日、会場:羽黒洞

亀井三千代展「絵空言」会場風景|2017年4月17日~27日、会場:羽黒洞(湯島)

湯島天神前にある画廊・羽黒洞で開催された亀井三千代さんの個展『絵空言』と題されたのは、何故なのだろう。辞書では『絵空事』である。意味は辞書によると「絵は誇張され美化されて描かれているものであること。転じて、実際にはありもしないこと。大げさなこと。」である。何故、「事」を「言」にしたのか。本人に尋ねていないのでよくは分らないが、3月に開かれた从展のカタログで亀井さんはフリンジ16‐2という作品の説明で、「フリンジ」とはファッション用語でマフラーやクッションの端についているフサのことですが、もう一つ、メインに対する周辺という意味を持ちます。作品「フリンジ」はメインである身体の輪郭に対して2次的に現れるイメージです。しかし作品が完成されていくにつれどんどんメインに取って代わる。メインと「フリンジ(周辺)」の転倒こそが私の制作方法です。と語っている。

私は以前、彼女に性の「忄」ついて一本の縦線の周辺を二つの点が回転している状態のような説明を受けた。彼女の絵は事柄ではなく言語としての美を、描いているのかも知れないと思った。例えば、右と左、あるいは表と裏、光と影などメビウスの輪のように境界がないのに通底する。心象、いや深層イメージを『絵空言』と題したのではないか。「フリンジ」作品は大胆な女性の足が陰部を中心に大股開きされた構図の絵である。墨、岩絵の具、膠、和紙で描かれている。凝視していると陰部周辺の抽象的な図像が奇妙に動物の姿にだぶって見えてくる。「フリンジ16-1」は龍のように「フリンジ16-2」は猿のように見えてくる。ご本人がこの絵は「猿」と呼んでいると語ってくれたのは楽しい発見だった。彼女は慶應義塾大学文学部哲学科卒業後、東京医科歯科大学で解剖学を学んでいる才媛である。2015年に日本水墨画大賞展で準大賞を受賞している。今が旬な作家であり、彼女の作品のファンは多い。 ●山田歩


あるくの从作家見聞記 No.2

◉渡辺つぶら展
5月18日~27日(2017年) ギャラリー愚怜(本郷)
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渡辺つぶら展会場風景|2017年5月18日~27日、会場:ギャラリー愚怜(本郷)

東京大学赤門前にあるギャラリー愚怜で開催された渡辺つぶら展はエネルギーに溢れ元気が貰える展覧会であった。ギャラリーのウィンドウ前に展示されている『七福神図』(油彩、キャンバス)を同行した从会のメンバー郡司宏さんと古茂田杏子さんと観た。宝船に乗船し描かれている从会に関わる人たちの似顔絵を観ながら、誰それはこの絵ねと会話して愉しんだ。七福神は福徳をもたらしてくれる神として信仰される七神である。七福神信仰が盛んになった近世中期以降は、恵比寿(蛭子)・大黒天・毘沙門天・弁財天・布袋・福禄寿・寿老人をいう。新年の行事として七福神の社寺を詣でる習慣がある。ギャラリー内には「母なるおっぱい」を見せる大らかな女性像も描かれている。つぶらさんは、遊び心があり小石に絵を描きお御籤としている。一個拾い上げ裏返すと「吉」と書いてあった。

『七福神図』は3月に東京都美術館で開催された从展にも出品されていたので理解していた。しかし、カタログには近江国風土記より題材を取った『竹生島誕生話』が掲載され強烈な印象だった。伊吹山の神、多多美比古命と姪で金糞岳の神である浅井姫命と高さ比べをし、負けた多多美比古命が怒って、浅井姫命の首を切り落とし、その首が琵琶湖に落ちて竹生島が生まれたという話をモチーフに描かれていた。生々しく鮮血が画面に飛び散り人を殺して新しい生命の島が誕生する絵に衝撃を受けた。丁度、その頃、詩人の中原中也の本を読んでいて、中也が少年の頃に詠んだ短歌「人みなを殺してみたき我が心その心我に神を示せり」を思い出した。この歌は親鸞の「ひとを千人殺してんや」を踏まえている。「自分の側にも悪があるならば、彼は人を責めることができない。自分が悪の犠牲者であると感じた時に彼の心は安堵したのではないか。悪の自覚は「神」を示したのではないだろうかと考えていた。神とは一体何者だろうか。つぶらさんの絵に隠された命には奥深いものがあると感じずにはおれなかった。●山田歩


次回もお楽しみに!

あるくの从作家見聞記|No.1 亀井三千代展「絵空言」、No.2 渡辺つぶら展 はコメントを受け付けていません。

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