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久保俊寛個展開催のお知らせ、あるくの从作家見聞記|No.10 久保俊寛「虫むし」展

あるくの从作家見聞記<<前回の記事:田端麻子個展開催のお知らせ、あるくの从作家見聞記|No.9 田端麻子展「シーソー」

ライターの山田歩さんによる「あるくの从作家見聞記」No.10、年末年始に行われた久保俊寛「虫むし」展の記事です。現在、〜27日(金)まで広島のギャラリー並木にて個展を開催中。お近くの方は是非お出かけください。

久保俊寛「自画像と書」展 2018年4月23日(月)-4月27日(金) 

9:30~17:30(日曜日、最終日は17:00まで)

会場:ギャラリー並木にて( 電話: 090-4140-5754
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DM画像。地図が手書きでかわいいです。

(文責 ないとう)

あるくの从作家見聞記10

◉久保俊寛「虫むし」展
2017年12月19日~2018年1月20日 ギャラリーオアシス(千葉市都賀)

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「虫」という天体

私たちは、日常生活の中で自分の行動を振り返って、「あの時、ああしていたら、どうなっていただろうか」と想像したりすることがある。大抵の人たちがそう思い、ああしたり、こうしたりと糸が絡まるようにもがき苦しんで自分自身を見失っていく。ところが久保俊寛の作品を見ていると、それらは嘘のように消え、日常の意識や想像を一つの世界に結晶させる力がある。人間には古くから心の中に考えや感情を引き起こす「虫」がいると言われている。「虫が知らせる」「虫が好かない」「虫の居所が悪い」「腹の虫が納まらない」などの言葉を思い浮かべるだけでそのことが分る。「虫も殺さぬ顔」という言葉もあるように「虫」にはあまり良いイメージはない。だが久保俊寛は、その「虫」を自家薬籠中の物にしている。今回、千葉市で「久保俊寛『虫むし』」展を観た。約200体の「虫」をマッチ棒とゴミとして捨てられる筈であった煙草の空箱、使い捨てのライター、紙屑や魚の骨などを組み合わせて作品を生み出している。それらのオブジェ作品は物質化されたガラクタのオモチャ箱のような空想の質感があり、まるで一つの「天体」であると言える。人間が日常失いがちな生活や人生のひとかけらが「星」や「月」の煌めきのように輝いているのだ。これは久保俊寛の強い意志と持続力があって「意味を持つ作品」になっている。

久保俊寛は、ユニークな宇宙観と異端的なエロティシズム哲学を持った作家・稲垣足穂と同質なものを持っていると私は感じている。「夜空で光る星や月が、ぴかぴかの紙やブリキでできているんだとしたらこの世はにぎやかで面白いだろう」。その星や月を「虫」に、ブリキをマッチ棒に置き換えると久保さんのオブジェが夜空でキラキラと輝いている。

稲垣足穂の『一千一秒物語』という作品の中に「見てきたようなことを云う人」がある。

「きみはあの月も 星も あんなものが本当にあると思っているのかい」
とある夜ある人が云った。
「うん そうだよ」
自分がうなずくと
「ところがだまされているんだ あの天は実は黒いボール紙で そこに月や星型のブリキが貼りつけてあるだけさ」
「じゃ月や星はどういうわけで動くかい」
自分が問いかえすと
「そこがきみ からくりさ」

その人はこう云ってカラカラと笑った 気がつくとたれもいなかったので オヤと思って上を仰ぐと 縄梯子の端がスルスルと星空へ消えて行った。

久保俊寛の「虫むし」の世界に通じている。久保さんは、いつか「夢死」という夢のように一生を送り、マッチ棒が燃え尽きると何もない世界へ帰っていくのだろうか。

(山田歩)

次回もお楽しみに!

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田端麻子個展開催のお知らせ、あるくの从作家見聞記|No.9 田端麻子展「シーソー」

あるくの从作家見聞記<<前回の記事:あるくの从作家見聞記|No.8 内藤瑶子展「否考式(ひこうしき)」

ライターの山田歩さんによる「あるくの从作家見聞記」No.9、去年の秋に行われた田端さんの個展「シーソー」の記事です。もう年を越してしまい、現在はギャラリー枝香庵にて個展を開催中とのこと。今回の文章とあわせて、実際に展示を楽しんでいただけます!是非お出かけください。

◉田端 麻子展 2018年4月4日(水)-4月13日(金) 

11:30~19:00(日曜日、最終日は17:00まで)

会場:8F ギャラリー枝香庵にて( 104-0061 東京都中央区銀座3-3-12 銀座ビルディング8F

また「第42回人人展」も無事終了いたしました。改めて投稿する予定ではありますが、取り急ぎまでご協力下さった方々、そして来て頂いたお客様に感謝とお礼を申し上げます。

(文責 ないとう)

あるくの从作家見聞記9

◉田端麻子展「シーソー」
2017年10月21日~29日 Art Space水音(吉祥寺)

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 吉祥寺駅に降りたのは何年ぶりだろう。随分前に井の頭公園側にある焼き鳥屋いせやで飲んだのが最後だったと記憶する。けれど誰と一緒だったか一人だったか覚えていない。人間というのは“忘れる”ようにできているのだろうか。

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田端麻子展「シーソー」2017年10月21日~29日 Art Space水音(吉祥寺)DM画像

今回は、井の頭公園内の池の七井橋を渡って玉光神社の階段を上がった所にあるArt Space水音で開かれている田端麻子展「シーソー」を観に出かけた。いろんな展覧会を企画している御子柴大三さんから案内状が届いたからだ。田端さんは从会の会員だし、面識はあったので雨の降る曇った空の下、池の畔をとぼとぼと歩いて出かけた。水音は閑静な住宅地にあって、階段を下りた地下にギャラリーがある。雨の日の昼下がりの水曜日だったからだろうか、お客は誰も居なくて、ぽつんと田端さんが会場に座っていた。無機質で清潔な室内に彼女の作品が展示されていて、何処か違った空間を訪れたような気分を感じた。御子柴さんが案内状に書いていた「何事もグローバル化する現代にあって日本人固有の心は何処へ?田端さんの作品を拝見する都度、そんなことを考える」というのが分るような気がした。彼女の作品は仄暗い色彩が特徴である。絵のタイトルは「家の中から雨をみている」「すべりだいをすべる」「すごく速く走りたい」「海へいくみち」「進化をしない」。ノスタルジーを感じると共に詩情が作品の底に流れているのを感じる。どこかムンクの絵に近い感覚を受ける。そして何気なく見落としていることに作品を観ていると気づかされる。

田端麻子展「シーソー」2017年10月21日~29日 Art Space水音(吉祥寺)展示風景

木製の小さな作品に描かれているのはシーソーに独り跨った少女。シーソーは傾いている。その後ろの壁面に展示されている絵には薄暗い赤い空の中に人間が描かれている。「これはどんな風景なんですか?」と尋ねたら、田端さんは「空気が暗く濁っていたようだった」とポツリと答えてくれた。「原発事故で放射能が漏れて大気が汚染されたよね。それを描いているんだ」と私は頷いた。御子柴さんは、案内状の中で「田端さんの表現は日本人のアイデンティティーを探る旅でもあるだろう。」とも書いていた。田端さんは、決して無口ではないが、多くを語らない。私は彼女の絵を観ながら、2011年3月11日に起きた東日本大震災のことを思い浮かべた。もう7年が経つのか、時が経つのは速い。そうして人はその出来事を過去のものとして忘れていっている。地震、津波、原発の爆発、火災によって3万人近い人が亡くなったこと。そして約10万人の人たちが住みなれた街を去り遠方に避難させられたことなど。あの惨事はなんだったのか。思い出すだけで身震いがする。 「人は何処から来て、何処へ行くのか」というゴーギャンの言葉を思い出す。今の私たちは、現在地が分らなくなっているのかもしれないと思う。何もかもが一瞬にして消え去る。あるいは崩壊してしまう。そんな時代で暮らしているのではないだろうか。田端さんの絵は「道に迷っている人たち」に語りかけてくるようであった。本当に私たちは、何処へ行こうとしているのだろう。画廊を出ると雨は止んでいたが、辺りは薄暗く、そのまま夜の闇の中へ消えていきたいと思った。

(山田歩)

次回もお楽しみに!

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あるくの从作家見聞記|No.8 内藤瑶子展「否考式(ひこうしき)」

あるくの从作家見聞記<<前回の記事:あるくの从作家見聞記|No.7 久保俊寛「私の中の面々」(呉・広島・交遊録・第3章)

ライターの山田歩さんによる「あるくの从作家見聞記」もNo.8となりました。今回は、10月中旬に京橋のギャラリーT-BOXにて開催された内藤瑶子展の見聞記送っていただきました。ちなみに、恐縮ながらこの内藤とはこの人人会サイト設営と更新を行なっている私のこと。このような場を設けてくださる人人会と山田さんに心より感謝を申し上げます。(文責 ないとう)

あるくの从作家見聞記7

◉内藤瑶子新作展 ―もう何も考えたくない―『否考式』
10月16日~21日(2017年) 東京・八重洲 T-BOX

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ピカソの「一枚の傑作を描くよりも、その画家が何者であるかということが重要である」という言葉を思い浮かべながら、内藤瑶子の作品を観ていると、彼女の描く作品よりも彼女は何者だろうかというのが気になってしようがない。これまで彼女の作品をいくつか観てきたが、それぞれ違った表現で描かれていて、どの作品を論じれば良いのか分らない。なんとも不可思議な作家である。今回、T-BOXで開かれた「-もう何も考えたくない-『否考式』」と題された新作展の案内状に「でも、何も考えないのも意外に難しい。志向性と偶然とがぶつかりつつあらわれてくる作品画面に、ただただ首をかしげるばかりです」と書いている。

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内藤瑶子展 ―もう何も考えたくない―『否考式』(東京・八重洲 T-BOX)展示風景・10月16日~21日(2017年)

彼女は通信大学で哲学を学んでいる。20世紀初頭のヨーロッパにおける表現主義運動に興味を持ち、その思想的マニフェストともされる著作『現代文化の葛藤』とその著者ゲオルグ・ジンメルの「生の哲学」をテーマとして卒業論文を執筆。ジンメルの表現主義に対する分析を、文化論に焦点をあて解読している。序論によれば、ジンメルは自己を超越し続け、かつ自己同一性と他者との間を揺れ動く「生」概念を通して導き出される個人主体と人間の相互作用から生み出される文化という静的な形式について弁証法的な構造分析をしているとする。彼女によると、ジンメルの本質は、拡大したり収縮したりするアンヴィヴァレンツ性にある。形而上的な展開になるのに個別の事象と実証が残っていて、むしろ「生」よりも実証的な分析に関心がある(ように見える)という。「我々は自分ひとりでは『自分』でいられない、誰かに認識してもらって初めて何者かになれる。他人に自分を表明することで、初めて存在がかなう」ということだろう。それは我々が、「存在」するために、何かを描き、書いたりして「自分」を表明しようとしているものだろうか。それは「生きる」ということに繋がっていくものなのだろうか。

私は、時々、「生きたい」とか「死にたい」とか思いながら悩む。どちらでもない自分を見出そうと思考停止を試みるが上手くいかない。スペイン語のnada y nadaの「何もなくて何もない」という状態にならないかと頭の中で考える。そうして考えてもしようがないと思う。また別な時には、フランス語の「デペイズマン」(depaysement)というシュルレアリスムの用語を思い出す。「故郷や住み慣れた土地、さらにはその拡張としての日常的で安定した環境を、見慣れない、不安定な場面に変貌させる表象(行為)」を意味している。あのロートレアモン「マルドロールの歌」に出てくる「ミシンと雨傘の手術台の上での偶然の出会い」が、そのコンセプトとしては良い例だろう。「デぺイズマン」の訳語は「異境化」とされているが、いまひとつしっくりこない。無意識という人間精神の未知の領域の探求がシュルレアリスムの基になっているとしたら、「異境化」でも良いと思うが、私は「日常の寓意性」を考える。「日常」「非日常」と区別するのではなく、「日常」そのものが常に不安定なもののように思う。突然の侵入者が忍び寄ってくるかも知れないし、破壊されるものかも知れない。内藤瑶子がいう「志向性と偶然とがぶつかりつつ」に対しての私の見解は、この「日常」というどうしようもない厄介さである。考えようと考えまいと歴然として不安定だ。表現することが自分の存在を証明するものなのか私には分らない。ただそこにゆらゆらと佇んでいるだけのようにしか思えないのだ。

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出品作「kuroneko(blackcat) crisis」版画紙にコラグラフ、モノプリント、手彩色、2017

内藤さんのジンメルに関する論文を読み、「生の哲学」に触れると、改めて「存在すること」「表現すること」の意味を知り「生」について考えさせられる。それで彼女の作品や彼女が何者であるかにも興味を持つ。彼女が高校を中退後、独学で絵を描きはじめたと知り興味を抱いていた。油画・日本画材、各種版画技法で制作される作品を観るにつけ魅了されていく。从会のホームページの作成、更新も行うなど多才だ。それでインターネットで彼女を検索すると、まっ先に現れてくる彼女の画像は洋式便器から飛び出してくる姿にはびっくりする。もちろん彼女の作品画像も観ることができる。それは多種多彩。16歳の時の「風景」という油彩から現在のコラグラフによる作品まで、変幻自在なのだ。一体、何者だと思わざるを得ない。彼女は一枚の傑作を描くつもりはないのではないかと確信する。彼女の作品に魅了された一人に「神戸わたくし美術館」の三浦徹氏がいる。三浦氏は「内藤瑶子の世界」と題されたリーフレットで内藤瑶子を「描いてきたからこそ作家は生き続けてこれたのではないか?作品の中には作家の生命(いのち)が刻み込まれている」としている。内藤瑶子が絵を描く一方でジンメルの「生の哲学」に関心を持ったのをいち早く見抜いているように思う。彼女は1985年生まれだから、現在は30代だ。子育て中の身だが、作品も彼女自身も若々しく自由奔放である。彼女のおかげで私も過去に読んだ哲学の本や小説を思い出した。そして、たとえ黙って佇んでいるだけでもこの世に存在し、何かを表明しようとしているのではないかと思うようになった。のっぺらぼうの顔にうっすらと色彩が現われてきているように感じている。

(山田歩)

なお、この記事にて取り上げてくださった私の表現主義に関する文章と、それに関連した物事などを私のブログにアップさせていただいていますので、興味がある方はぜひ。

次回もお楽しみに!

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あるくの从作家見聞記|No.7 久保俊寛「私の中の面々」(呉・広島・交遊録・第3章)

あるくの从作家見聞記<<前回の記事:あるくの从作家見聞記|No.6 グループ展:郡司宏、古茂田杏子、田端麻子

ライターの山田歩さんによる「あるくの从作家見聞記」4回目の更新です。今回は、7月中旬に広島市のギャラリー並木にて開催された久保俊寛さんの個展開催にあわせ「愚亀こと久保俊寛」を送っていただきました。人人展でも10年以上前から、久保さんの過剰な世界(もちろん良い意味で)を見せていただいていますが、74歳になられても制作意欲・スピード感が衰えているようには感じません。このエッセーでは神仙思想、それと深い関係にあるとされる浦島伝説をからめつつ、一人の画家の老いと鍛錬における境地が軽妙に、また独特の深みをもって描かれています。誰にでも訪れるゆえに気になる老後。ちょっぴり憧れるぞ久保さん。(文責 ないとう)

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◉久保俊寛「私の中の面々」(呉・広島・交遊録・第3章)
7月26日~8月1日(2017年) ギャラリー並木(広島市)

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愚亀こと久保俊寛

「昔々、ある処に愚亀と称する愚かな亀が棲んでいました。自らを愚かで、ノロマだと言触らしていましたが、本当はとても頭が良くて、何事も俊敏な賢い亀でした。周囲のものは仙人の生まれ変わりだろう」という昔話は残念ながらない。だけど浦島太郎が助けた亀に連れられ龍宮城へ行き、鯛やヒラメの舞い踊りの歓待を受け、玉手箱をお土産に貰い、砂浜で開けたら煙が出て浦島太郎は白髪のお爺さんになったという伝説はある。私は、煙が出た瞬間に久保俊寛に化身したと疑いもなく思っている。

久保俊寛と出会って、もう2年余りが経つ。いつ会っても同じ服装で仙人みたいに見える。渓流釣り師がよく着ているポケットがいっぱいあるジャケットから次々といろんなものを出してくる。御自慢はプロ野球広島カープの丸選手から頂いたカープのユニホーム姿と丸選手とのツーショット写真だ。白髪混じりの爺さんだと思うけど、気が若いし、見かけも若い。世の中に「器用貧乏」とか「贅沢貧乏」という言葉があるが、「贅沢貧乏」は森鷗外の娘、森茉莉さんとして、一方「器用貧乏」は世間中にいる。久保さんの場合は「達人貧乏」と言って良いのではないかと思っている。器用さを通り越して達人の域にいる。オブジェ、コラージュ、絵、書など何をやらせても上手い。時に上手さは嫌味になるが、久保さんの場合はちょっと違う。本人は、一心不乱なのである。無欲だと思う。

ある日、郵便受けに久保さんからの便りが届いていた。そこに「SG(生涯)60の会」の書状があった。「60歳以上の人、腹七分の食事、今を生きる人、老人意識を持たない人、常識を否定できる人、死を恐れない人」と書き記されていた。何なのだ、この人はと思った。実際には私より10歳ほど年上である。「山ちゃん(私のことをそう呼ぶ)、俺は60歳で歳を超えないことにした」、とのたまう。地区民生員もその対応に困惑したらしい。

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久保俊寛のアトリエ風景

千葉市で暮らしている彼の生活は規則正しい。夕方からの生活を紹介すると5時ぐらいに昼の絵描きの仕事が終わると、近所の馴染みの店に夕食を兼ねて飲みに行く。ポケットには秋葉原で購入したラジオを携帯して野球中継を聴く。居酒屋でテレビも見る。時々、広島カープの丸選手の千葉経大付属高校時代の松本監督と一緒に飲む。丸選手は千葉出身なのである。余談だが、私も大の広島カープファンで広島が勝つと電話する。但し、久保さんの場合は丸選手が活躍したかどうかだけである。この人は自分が熱中していることにしか興味がない。夜、部屋に戻ると午後9時頃に眠り、午前3時に起きて、画業に取りかかる。朝、9時頃まで仕事して朝食。その後、ぼんやりとして昼食。そして、また画業に取り組む。まあ昼間は人と会ったり、東京に出かけたりもする。他人と会うのが嫌な人ではない。会えばよく話す。今は、肖像画に集中していて、春先には500人の肖像画を描いたと言っていたが、最近の電話では900人描いたと得意げだった。アトリエには宮沢賢治や南方熊楠や藤田嗣治などの著名人や久保さんの友人の肖像画が飾られている。「山ちゃん、千人斬りだよ」と豪語する。私は、500人を超えた頃にもういい加減止めたらと忠言したが、聞き入ってくれなかった。それ以上に久保さんは加速し、またカオピーとかヒロピーとか訳のわからないことをやり出した。自分が描いた肖像画を紙袋にして着飾り 展覧会場を歩き回ったのだ。今年の8月の広島での個展の時に開催されていた広島平和記念デーでは広島市長にヒロピーの姿で会い、「広島平和特別大使」に任命してくれと嘆願した。弟子にはオブジェ「反核の玉」をプリントした紙袋を被せていた。しかし、丁重に断られたそうだが、私は、ここに久保さんを「広島特別平和天使」と任命したい。彼の平和に対する熱情は凄い。ちなみにピーとはピース(平和)のピーのことだそうだ。

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2017年久保俊寛の暑中見舞いより

久保さんは広島県呉市出身である。呉市は軍港だったところである。彼は戦中に生まれているので、戦後の日本の光景も眼にしている。4歳の時に広島の原爆と終戦を体験。人間の愚かさを身に沁みて理解していたことだろう。絵を志してから彼に根付いたものは他人が推し量れるものではない。彼の作品は広範囲に亘っている。ジーンズの糸くずで表現した作品「デニム両界曼荼羅」、マッチ棒で球体の「反核の玉」をオブジェ化した作品。コラージュ作品の「ヒロシマ残された二重像」は広島出身の画家・靉光(19071946)の「二重像」にオマージュを捧げて制作している。また山形県朝日村の湯殿山注連寺の天井画など一貫した彼の社会に対する心骨を注げる姿勢は変わらない。故郷、広島国泰寺高校の定時制に通っているときに出会った柿手春三(核シェルターの中のバンザイの作者)や、被爆画家の増田勉との出会いは、今日に至るまで彼の心の支えになり平和への思いは強い。久保俊寛は根無し草な生き方はしていない、ずっと根があり続けている。過去には「道化シリーズ」なる作品を発表しているが、道化であることは、己を客体化して観ることができないと貫かれない。久保俊寛は内観ができる画家である。

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久保俊寛による書

最近、電話で話をすると、「もう画家は止める、俺は書家になる」という。以前、私に一枚の書を送ってくれた。そこには「自分にとって人の顔を写すことは、死者と生者の谷間(はざま)を生きる無の行為そのものである。愚亀俊寛」とあった。私は久保さんに中国の詩人で書家の黄庭堅(10451105)の話をした。黄は江西省文寧の生まれで詩において江西派の祖と仰がれた人物。蘇軾の弟子である。黄庭堅の詩に対する真情は「点鉄成金」と「換骨奪胎」であった。「点鉄成金」は古人のありふれた言葉をとりあげて、そこに価値を見出すこと。「換骨奪胎」とは平凡な才、凡骨を脱して神仙にいたること。すなわち古人の詩文を基に創意工夫をして新しい作品を作ること。自然を直視することを説いていることを伝えた。そうすると「山ちゃん、それは俺のことだよと」と平然と言う。黄庭堅の書はゆるやかでのびのびとした余韻のあるものであり、舟の櫓を漕ぐようなものであったという。久保さんの書もゆらゆらと動いているような感じを受ける。

カオピーとかヒロピーとか言っている場合ではない。クボピーは今こそ、舟の櫓を漕ぎ荒れ狂う大海原に出て筆先で世の中を洗うべきではないかと思っている。

(山田歩)

 

次回もお楽しみに!

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あるくの从作家見聞記|No.6 グループ展:郡司宏、古茂田杏子、田端麻子

あるくの从作家見聞記<<前回の記事:あるくの从作家見聞記|No.3 小野なな展 、No.4 林晃久展、No.5 古茂田杏子・佐藤草太 二人展あるくの从作家見聞記|No.1 亀井三千代展「絵空言」、No.2 渡辺つぶら展

ライターの山田歩さんによる「あるくの从作家見聞記」も3回目の更新となりました。今回は、7月中旬にギャラリー枝香庵にて開催された「昭和の面影」展のレポートを中心とした「私の中の昭和の記憶」というエッセーを送っていただきました。山下菊二に代表されるように、過去の人人展出品作家にも社会における支配関係や、権力の権威化、保守化を鋭く切り取ろうとする表現活動がみられました。それがあってこその今日の表現であることは、もちろん言うまでもありません。しかし、頭の中だけの理想や理念とはまたちがう、体感や手触りとしての「昭和」という表現もあるのでしょう。72回目の終戦記念日に感じ入る投稿となりました。(文責 ないとう)

あるくの从作家見聞記6

◉郡司宏、古茂田杏子、田端麻子
第8回「うちわと風鈴展」(ギャラリーアビアント)・7月5日~14日、第20回銅版画の会「四角い空」展(青木画廊3Fルフト)・7月7日~13日、「昭和の面影」展(ギャラリー枝香庵)・7月11日~18日 (2017年)

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私の中の昭和の記憶

昭和64年(1989)1月7日、昭和天皇が亡くなった。昭和終焉の日である。その当時、私は長崎県諫早市に住んでいてローカル紙の新聞記者だった。長崎新聞の政治部キャップのF氏が3年前、諫早市に特化した新聞を創刊することになり、私は誘われて記者となった。タブロイド判16ページに二人で記事を書き、手作業でレイアウト、編集して制作していた。F氏が政治、社会面を私が文化、生活、スポーツ面などを担当した。諫早タイムズという新聞の名前から私は、小さな町を歩いていると、”タイムズさん“と親しみを籠められて町の人々から呼ばれていた。そんな折、昭和天皇が亡くなり、紙面の扱い方で私はF氏と口論になり、退社した。F氏は全ページ天皇特集でいくと言ったが、私は反対であった。そういう特集は大新聞や雑誌で行えばよいと思ったし、そもそも天皇制に疑問を持っていたからである。天皇制というものは神輿のようなものであると思っていた。その時代の人たちが担ぐままに担がれるものだったのではないか。「政治的作品」としか私は思っていなかった。

昭和20年(1945)8月15日に太平洋戦争は終わった。写真家の濱谷浩は天皇の肉声によるラジオから流れた玉音放送を聴くなり、部屋から外に出て、真天上の太陽に向かってシャッターを切った。新潟県高田市で暮らしていた時に撮影した名作(終戦の日の太陽)。日章旗が反転したような印象深い写真だ。「風がなく、草も木も動かずぐったり生気を失い、空には雲ひとつなく、ただ宙天に昭和20年8月15日の太陽がギラギラと輝いていた。」と回想記『潜像残像』に書いている。もうそれから72年が経つ。

私は昭和26年に生まれた。まだ日本がアメリカの占領下にあった時である。郡司宏さんはその翌年、昭和27年に東大病院で生まれている(東大卒より凄い!)。日本がアメリカから独立した年。しかし沖縄は占領下のままであった。古茂田杏子さんは、戦後に生まれただろうが、いつも若くて魅力的(サービスかな?)。田端麻子さんは、1996年(平成7年)に多摩美術大学を卒業しているから昭和の後半に生まれているのだろう。若い画家さんだ。この3人が「うちわと風鈴」展と「昭和の面影」展に出品していた。銅版画の会「四角い空」展は古茂田さんが主宰する銅版画教室の画家さんたちとの展覧会。この3つの展覧会に共通するのは“昭和の風情”である。いずれも郷愁や過去の記憶の懐かしさと痛みがある。「昭和の面影」展を企画した御子柴大三氏は「昭和の古き良き時代をそれぞれの画家さんたちに記憶を辿ってもらい自由に描いて欲しかった。私の昭和の面影は哀切と悼みかも知れない」と語る。若くして亡くなった画家、長谷川利行や松本竣介のことが眼に浮ぶのだろう。展覧会場となったギャラリー枝香庵は銀座3丁目、銀座ビルディング8Fにある。7Fまでエレベーターで上がり、8Fまで階段を上がる、途中に小部屋があり、作品が展示され、また階段を上がると小部屋の展示室がある。まるでエッシャーの絵にように水が上からも下からも流れている光景を思い出す。

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「昭和の面影」展(ギャラリー枝香庵)展示風景・7月11日~18日 (2017年)

ちなみに「昭和の面影」展では古茂田さんの作品は「Give me chocolate」と「星の流れに」。郡司宏さんは東京大空襲を描いた「1945年3月10日」と「鉄(クロガネ)」。田端麻子さんは「がまんをします」と「畳のある家」。それらには天皇とは関係のない庶民の哀感が漂っている。古茂田さんの「こんな女に誰がしたぁ~」の唄声が聞こえ、田端さんが「がまんしなさい」と堪えているような気がする(苦笑)。昭和21年1月1日に昭和天皇は「人間宣言」と呼ばれる詔勅を発した。それまで「御真影」だった天皇が国民の前に姿を現したのである。いまでも行われる天皇主宰の園遊会が戦後最初にあったのは昭和28年(1953)、その頃はまだテレビが国民に普及していなかったが、昭和34年(1959)に皇太子明仁(今上天皇)と美智子妃(現皇后)の結婚パレードが行われ、一気にテレビが普及した。テレビで放映される園遊会で昭和天皇はよく出席者たちに話しかけ、相手の答えを聞くと「あっ、そう」と答えていた。いつしか昭和天皇の代名詞は「あっ、そう」になっていた。評論家の松本健一は『昭和天皇伝説』の中で、アメリカのラスベガスでのディナーショーで日本人歌手・朱里エイコが「Ah,So!」という曲を歌っているのをラジオで聴いたと書いている。朱里エイコが英語で何かセリフを言うたびに聴衆が一緒に「Ah,So!」と合唱していたとのこと。私もどんな歌なのか聴いてみたくなった。皇室の大衆化はいまも続いている。

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田端麻子作品「昭和の面影」展(ギャラリー枝香庵)・7月11日~18日 (2017年)

今回、「昭和の面影」の出品作家たちのほとんどの画家は、戦後に生まれ、民主主義の時代の中で画家の道を歩んできた人たちばかりだろう。戦争の記憶は持っていないはずである。しかし、今の時代を生きながらも何かしらの戦争の記憶がそれぞれの人たちに受け継がれているに違いない。私はDNAの遺伝子により性格や体格など遺伝しているだけでなく記憶も遺伝していると考えている。私たちの父母や祖父祖母、さらには遠い祖先たちが見聞し、体験したものが、いまも連綿と遺伝子として私たちに記憶されていると思う。デジャヴィ(既視感)と呼ばれる現象はその事で説明できるのではないだろうか。今は平成の時代だが、多くの人たちの心の中に昭和の面影が記憶としてゆらゆらと蠢いている。いつの時代も遠くにはない、いつも私たちに寄り添い近くにあるのだ。

過去も現在も未来もぐるぐると渦を巻きながら記憶の輪をつくっている。(山田歩)

次回もお楽しみに!

あるくの从作家見聞記|No.6 グループ展:郡司宏、古茂田杏子、田端麻子 はコメントを受け付けていません。

カテゴリー: あるくの人人作家見聞記, 人人会ほっとにゅ〜す

あるくの从作家見聞記|No.3 小野なな展 、No.4 林晃久展、No.5 古茂田杏子・佐藤草太 二人展

あるくの从作家見聞記<<前回の記事:あるくの从作家見聞記|No.1 亀井三千代展「絵空言」、No.2 渡辺つぶら展

ライターの山田歩(あるく)さんから新しい原稿が届きました。今回の見聞記は東京近郊で行われた人人関連作家による3つの展示について書いていただきました。中にはまさかの「行けてない…!」見られず、聞いただけの見聞記も。考えようによっては面白い試みかもしれません。ゆるりと読んでいただけたら幸いです。

前回のほっとにゅ〜す「大野俊治、郡司 宏、古茂田杏子、田端麻子による展示のお知らせ」でご紹介した郡司 宏、古茂田 杏子、田端 麻子が出展する『昭和の面影』展がギャラリー枝香庵にて、11日(火)から開催予定です。銀座方面にお出かけの際は、ぜひお立ち寄りくださいませ。(文責 ないとう)


あるくの从作家見聞記 No.3

◉小野なな展『がらくた箱』小品 立体、平面、CG+α
65日~17(2017) ギャラリー檜e(京橋)

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小野なな展「『がらくた箱』小品 立体、平面、CG+α」会場風景|2017年6月5日~17日、会場:ギャラリー檜e(京橋)

 京橋の国立近代美術館フィルムセンター近くにあるギャラリー檜eで開催された小野ななさんの個展『がらくた箱』を病院で受診した後に観に出かけた。その日は手術するかどうか判断して貰う日であったが、幸いに外科手術は回避され気が軽くなり銀座へと向かい宝町駅で下車して小野さんの個展だけでなくアートスペース羅針盤で从展創立メンバーが関西で作ったパンリアルというグループに属していた森川渉さんの個展も観た。他に池田龍雄さんや渡辺豊重さんの個展も観て廻り少々草臥れた。それでも大掛かりな美術館の展覧会より個展はやはり良い。作品とゆっくり向かい合うことができるからだ。

 さて小野なな展は画家が体調悪いとの事で不在だった。私は作者と面識がないまま作品だけを観る事になった。ギャラリー内には様々な小品が展示されていて、それぞれの作品から感じたのは病的なほど感受性の強い作家の姿であった。箱の中に納められた人形。そしてCGで描かれた人形の顔やドライフラワー。異次元世界に誘われるような感覚を受けた。私は随分前に読んだ中勘助の小説『銀の匙』を思い出していた。「私の書斎のいろいろながらくた物などいれた本箱の引き出しに昔からひとつの小箱がしまってある。」という書き出しで始まる小説である。虚弱で神経質で、感受性が強く、好き嫌いの烈しい少年だった中勘助が、自分の幼少年時代を子どもの目線で澄みきって描いている。大人の目線ではない。小野さんの作品もそんな感じがする。最初、小野さんは若い女性だと思っていたが、実際は高齢な方だと後で知った。環境問題に警告メッセージを織り交ぜた作品を継続して創作されている。遺伝子組み換え作物種などに関心の高い方である。地球環境の生死に敏感な作家なのである。それで私は、死を覚悟した難病から生還した生命科学者、柳澤桂子さんの言葉「私はこの地球環境の中に生かされている。花も草も虫もいろいろな動物もいて、中の一つとして私がある。」を思い出していた。柳澤さんは、『安らぎの生命科学』の中で「生命は、地球誕生のときに宇宙からそそいできた星のかけらが、海の中で育まれて生まれたのではないかと推測される。その生命のもっとも基本となる物質はDNAと呼ばれる糸のように長い分子である。」とも語っている。小野さんもまた生命の大切さを感じて、宇宙の中の一本の糸のような思いをこめて作品を創られているのではないだろうか。

私もまた星のかけらの一つである。

(山田歩)


あるくの从作家見聞記 No.4

◉林晃久展 「erotica .9 XVⅡ-絵の具とフィルムー」
6月5日~18日(2017年) ギャラリー元町(横浜)

林晃久展 「erotica .9 XVⅡ-絵の具とフィルムー」会場風景|2017年6月5日~18日会場:ギャラリー元町(横浜)、グリッドデザインは編集者による


横浜のJR石川町駅の側にあるギャラリー元町で林晃久展が開かれているのを観に行くことはできなかった。林さんの別名は、マロン・フラヌールである。林さんの時は男性であり、マロン・フラヌールの時は女性の顔を持つアンドロギュノス(男女両性具有者)と言ってよいのかもしれない。ギリシア神話に出てくる男女両性をそなえた神、ヘルメスとアプロディテの子の名前はヘルマフロディトス。ニンフのサルマキスの誘惑から逃れたのでサルマキスは悲しくなって自分の体が彼に結ばれるように祈ったら一体になってしまったのだと、昨年亡くなった美術評論家のヨシダ・ヨシエさんが説明していた。私は林さんの時の彼とは会った事がない。从展で初めてお会いした時はマロン・フラヌールという女性だった。羽黒洞の木村品子さんがマロンちゃんと呼ぶので私もマロンちゃんと声をかけて写真を撮らせて貰った。ふくよかで大柄な女性である。

昔、ある詩人が舞踏家の土方巽さんに会った時、「おいオカマ」と呼ばれたら、「オカマじゃないゲイです」と答えたと聞いた事がある。マロンちゃんだったら、なんて答えるのだろうか。芸術家にはそうした性癖のある人が多いと聞いている。

マロンちゃんの得意技はカメラによる自撮りである。セルフ(自分自身)+ポートレイト(肖像)。マロンちゃんは、作品をphoto、複写、ドローイング、コラージュ、ペインティングで創作する。画面の中には必ずと言ってよいほどマロンちゃんが居る。それも艶めかしいほどエロチックな被写体である。マロンちゃんに似たセルフポートレイトを得意とする画家に森村泰昌さんがいる。彼はマネの作品「オランピア」や「笛を吹く少年」など有名な画家たちの作品にセルフポートレイトして入り込んでいく手法を使っている。森村さんはセルフポートレイトを「自画像」から「自写像」とも言い、さらに「自我像」と呼んでもいいのではないかと著書『美術の解剖学講義』の中で語っている。

しかし、マロンちゃんの作品は森村さんの手法とは違っている。描かれる被写体はご本人そのものである。その周辺をコラージュやドローイング、ペインティングしている。ちなみにコラージュとは普通は糊づけして貼りつける事を意味するが、俗語で「同棲生活」ともいう。写真や文字、布、木片、金属片などなんでも貼り付け画面と同棲させてしまう。

マロンちゃんの作品は幾何学的でユニークだ。そんなマロンちゃんはどこか異人さんのような感じがして、港町・横浜が似合っている。赤い靴履いた女の子は気をつけましょう。

(山田歩)


あるくの从作家見聞記 No.5

古茂田杏子・佐藤草太二人展
613日~21日(2017年) ギャラリー・アビアント(浅草)

古茂田杏子・佐藤草太二人展 会場風景|2017613日~21日会場:ギャラリー・アビアント(浅草)


浅草の吾妻橋を渡り、金のオブジェ(愛称・金のウンコ)のビルを過ぎるとギャラリー・アビアントがある。そこで古茂田杏子さんと佐藤草太さんの二人展が開催され初日に観に出かけた。残念ながら佐藤さんは、不在だった。画家の故・西村宣造さんから彼の絵を観るように頼まれた古茂田さんは、佐藤さんと互いに作品展を通じて知り合い、今回の二人展となったと聞く。古茂田さんは江戸情緒漂う戯画であるのに対して佐藤さんは愛国を謳った昭和の雰囲気で画風は異なっている。共通しているならレトロ感覚かノスタルジーだろうか。古茂田さんは佐藤さんより遥かに年配であり画家として経歴も古い。それ故に彼女を慕う画家仲間も多い。初日とあって画家の緑川俊一さんや森蔦澄子さん、多賀新さん、表装家の岡本直子さん、从会事務局を務める郡司宏さんらが次々に訪れ賑わった。

私は吾妻橋を渡るのは20数年ぶりのことであった。小雨の降る夕方の曇よりとした橋上から眺める墨田川には寂寥を覚えた。芥川龍之介は『大川の水』で「自分は、どうしてかうもあの川を愛するのか。あの何方かと云えば、泥塗りのした大川の生暖かい水に、限りない床しさを感じるのか。」と書いている。大川とは隅田川のことである。また永井荷風『濹東綺譚』の挿絵画家・木村荘八の吾妻橋の絵が目に浮ぶ。吾妻橋の真ん中の欄干に身を寄せて眺めている風景。『濹東綺譚』は向島寺島町にある遊郭の荷風の見聞記。ちなみに「濹」の字は林述斎が墨田川を言い表す為に濫りに作ったもの。文化年代のことである。

私が古茂田杏子さんの絵を初めて観たのは神田にあるギャラリー環であった。ご両親の画家、故・守介さんと美津子さんの絵は2階展示場に飾られ、1階では杏子さんのエッチングが展示されていた。「自画像を描く私」や自らの臨死体験を描いた「こっちの水は甘いぞ、あっちの水は苦いぞ」など印象深い絵を観ることができた。その後、从展では屏風にアクリル絵具で描いたユーモラスな「果報は寝て待て」や今回、アビアントでも展示されている彼女の生い立ちを描いた屏風絵を観た。それから新宿にあるギャラリー・ポルトリブレの『HAIKUと絵とー春―』で池に溺れそうになっている古茂田さんを俳句仲間が吊り上げようとしている滑稽な絵を観た。彼女の俳句「今ならば告白できる椿咲き」の短冊が展示されていた。郡司さんも句会仲間で彼は「出番まつ太夫に似たり八重桜」を詠んでいた。

今回のアビアントでは、古茂田さんは諺に題材を取って和紙に墨、水彩を使い渋い色調で作品を生み出している。茶目っ気たっぷりの杏子姉御は自ら着る白襦袢に「猫に小判を」と描いている。黒の羽織を着て東京、いや江戸の町を風を切り颯爽と歩く姿は、いつもながら惚れ惚れする。(山田歩)

次回もお楽しみに!

あるくの从作家見聞記|No.3 小野なな展 、No.4 林晃久展、No.5 古茂田杏子・佐藤草太 二人展 はコメントを受け付けていません。

カテゴリー: あるくの人人作家見聞記, 人人会ほっとにゅ〜す

あるくの从作家見聞記|No.1 亀井三千代展「絵空言」、No.2 渡辺つぶら展

5月末からホームページ上でスタートした、人人会関連作家の活動紹介の試み。それに連なる企画として「あるくの从作家見聞記」を連載いたします。新聞などの媒体で執筆活動をされているフリーライターの山田歩(あるく)さんが、その名のとおり、人人会関連作家の展示をたずね歩き、見聞記を書いてくださるというコーナーです。東京民報文化欄で『第41回人人展』の展評をしていただいたご縁です。

記念すべき初回は、湯島にある画廊・羽黒洞で開催された亀井三千代さんの展示と、東京大学の目と鼻の先、ギャラリー愚怜で開催された渡辺つぶらさんの展示、いずれも個展です。残念ながらホームページでの告知はかなわなかったのですが、どちらも力作ぞろいで好評となりました。

前回のほっとにゅ〜す「小野なな、林晃久、古茂田杏子による展示のおしらせ」でご紹介した3つの展覧会が現在開催中。是非みなさまお誘い合わせの上、各会場へどうぞ!(文責 ないとう)


あるくの从作家見聞記 No.1

◉亀井三千代展「絵空言」
4月17日~27日(2017年)
亀井三千代展「絵空言」会場風景|2017年4月17日~27日、会場:羽黒洞

亀井三千代展「絵空言」会場風景|2017年4月17日~27日、会場:羽黒洞(湯島)

湯島天神前にある画廊・羽黒洞で開催された亀井三千代さんの個展『絵空言』と題されたのは、何故なのだろう。辞書では『絵空事』である。意味は辞書によると「絵は誇張され美化されて描かれているものであること。転じて、実際にはありもしないこと。大げさなこと。」である。何故、「事」を「言」にしたのか。本人に尋ねていないのでよくは分らないが、3月に開かれた从展のカタログで亀井さんはフリンジ16‐2という作品の説明で、「フリンジ」とはファッション用語でマフラーやクッションの端についているフサのことですが、もう一つ、メインに対する周辺という意味を持ちます。作品「フリンジ」はメインである身体の輪郭に対して2次的に現れるイメージです。しかし作品が完成されていくにつれどんどんメインに取って代わる。メインと「フリンジ(周辺)」の転倒こそが私の制作方法です。と語っている。

私は以前、彼女に性の「忄」ついて一本の縦線の周辺を二つの点が回転している状態のような説明を受けた。彼女の絵は事柄ではなく言語としての美を、描いているのかも知れないと思った。例えば、右と左、あるいは表と裏、光と影などメビウスの輪のように境界がないのに通底する。心象、いや深層イメージを『絵空言』と題したのではないか。「フリンジ」作品は大胆な女性の足が陰部を中心に大股開きされた構図の絵である。墨、岩絵の具、膠、和紙で描かれている。凝視していると陰部周辺の抽象的な図像が奇妙に動物の姿にだぶって見えてくる。「フリンジ16-1」は龍のように「フリンジ16-2」は猿のように見えてくる。ご本人がこの絵は「猿」と呼んでいると語ってくれたのは楽しい発見だった。彼女は慶應義塾大学文学部哲学科卒業後、東京医科歯科大学で解剖学を学んでいる才媛である。2015年に日本水墨画大賞展で準大賞を受賞している。今が旬な作家であり、彼女の作品のファンは多い。 ●山田歩


あるくの从作家見聞記 No.2

◉渡辺つぶら展
5月18日~27日(2017年) ギャラリー愚怜(本郷)
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渡辺つぶら展会場風景|2017年5月18日~27日、会場:ギャラリー愚怜(本郷)

東京大学赤門前にあるギャラリー愚怜で開催された渡辺つぶら展はエネルギーに溢れ元気が貰える展覧会であった。ギャラリーのウィンドウ前に展示されている『七福神図』(油彩、キャンバス)を同行した从会のメンバー郡司宏さんと古茂田杏子さんと観た。宝船に乗船し描かれている从会に関わる人たちの似顔絵を観ながら、誰それはこの絵ねと会話して愉しんだ。七福神は福徳をもたらしてくれる神として信仰される七神である。七福神信仰が盛んになった近世中期以降は、恵比寿(蛭子)・大黒天・毘沙門天・弁財天・布袋・福禄寿・寿老人をいう。新年の行事として七福神の社寺を詣でる習慣がある。ギャラリー内には「母なるおっぱい」を見せる大らかな女性像も描かれている。つぶらさんは、遊び心があり小石に絵を描きお御籤としている。一個拾い上げ裏返すと「吉」と書いてあった。

『七福神図』は3月に東京都美術館で開催された从展にも出品されていたので理解していた。しかし、カタログには近江国風土記より題材を取った『竹生島誕生話』が掲載され強烈な印象だった。伊吹山の神、多多美比古命と姪で金糞岳の神である浅井姫命と高さ比べをし、負けた多多美比古命が怒って、浅井姫命の首を切り落とし、その首が琵琶湖に落ちて竹生島が生まれたという話をモチーフに描かれていた。生々しく鮮血が画面に飛び散り人を殺して新しい生命の島が誕生する絵に衝撃を受けた。丁度、その頃、詩人の中原中也の本を読んでいて、中也が少年の頃に詠んだ短歌「人みなを殺してみたき我が心その心我に神を示せり」を思い出した。この歌は親鸞の「ひとを千人殺してんや」を踏まえている。「自分の側にも悪があるならば、彼は人を責めることができない。自分が悪の犠牲者であると感じた時に彼の心は安堵したのではないか。悪の自覚は「神」を示したのではないだろうかと考えていた。神とは一体何者だろうか。つぶらさんの絵に隠された命には奥深いものがあると感じずにはおれなかった。●山田歩


次回もお楽しみに!

あるくの从作家見聞記|No.1 亀井三千代展「絵空言」、No.2 渡辺つぶら展 はコメントを受け付けていません。

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