あるくの从作家見聞記|No.1 亀井三千代展「絵空言」、No.2 渡辺つぶら展

5月末からホームページ上でスタートした、人人会関連作家の活動紹介の試み。それに連なる企画として「あるくの从作家見聞記」を連載いたします。新聞などの媒体で執筆活動をされているフリーライターの山田歩(あるく)さんが、その名のとおり、人人会関連作家の展示をたずね歩き、見聞記を書いてくださるというコーナーです。東京民報文化欄で『第41回人人展』の展評をしていただいたご縁です。

記念すべき初回は、湯島にある画廊・羽黒洞で開催された亀井三千代さんの展示と、東京大学の目と鼻の先、ギャラリー愚怜で開催された渡辺つぶらさんの展示、いずれも個展です。残念ながらホームページでの告知はかなわなかったのですが、どちらも力作ぞろいで好評となりました。

前回のほっとにゅ〜す「小野なな、林晃久、古茂田杏子による展示のおしらせ」でご紹介した3つの展覧会が現在開催中。是非みなさまお誘い合わせの上、各会場へどうぞ!(文責 ないとう)


あるくの从作家見聞記 No.1

◉亀井三千代展「絵空言」
4月17日~27日(2017年)
亀井三千代展「絵空言」会場風景|2017年4月17日~27日、会場:羽黒洞

亀井三千代展「絵空言」会場風景|2017年4月17日~27日、会場:羽黒洞(湯島)

湯島天神前にある画廊・羽黒洞で開催された亀井三千代さんの個展『絵空言』と題されたのは、何故なのだろう。辞書では『絵空事』である。意味は辞書によると「絵は誇張され美化されて描かれているものであること。転じて、実際にはありもしないこと。大げさなこと。」である。何故、「事」を「言」にしたのか。本人に尋ねていないのでよくは分らないが、3月に開かれた从展のカタログで亀井さんはフリンジ16‐2という作品の説明で、「フリンジ」とはファッション用語でマフラーやクッションの端についているフサのことですが、もう一つ、メインに対する周辺という意味を持ちます。作品「フリンジ」はメインである身体の輪郭に対して2次的に現れるイメージです。しかし作品が完成されていくにつれどんどんメインに取って代わる。メインと「フリンジ(周辺)」の転倒こそが私の制作方法です。と語っている。

私は以前、彼女に性の「忄」ついて一本の縦線の周辺を二つの点が回転している状態のような説明を受けた。彼女の絵は事柄ではなく言語としての美を、描いているのかも知れないと思った。例えば、右と左、あるいは表と裏、光と影などメビウスの輪のように境界がないのに通底する。心象、いや深層イメージを『絵空言』と題したのではないか。「フリンジ」作品は大胆な女性の足が陰部を中心に大股開きされた構図の絵である。墨、岩絵の具、膠、和紙で描かれている。凝視していると陰部周辺の抽象的な図像が奇妙に動物の姿にだぶって見えてくる。「フリンジ16-1」は龍のように「フリンジ16-2」は猿のように見えてくる。ご本人がこの絵は「猿」と呼んでいると語ってくれたのは楽しい発見だった。彼女は慶應義塾大学文学部哲学科卒業後、東京医科歯科大学で解剖学を学んでいる才媛である。2015年に日本水墨画大賞展で準大賞を受賞している。今が旬な作家であり、彼女の作品のファンは多い。 ●山田歩


あるくの从作家見聞記 No.2

◉渡辺つぶら展
5月18日~27日(2017年) ギャラリー愚怜(本郷)
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渡辺つぶら展会場風景|2017年5月18日~27日、会場:ギャラリー愚怜(本郷)

東京大学赤門前にあるギャラリー愚怜で開催された渡辺つぶら展はエネルギーに溢れ元気が貰える展覧会であった。ギャラリーのウィンドウ前に展示されている『七福神図』(油彩、キャンバス)を同行した从会のメンバー郡司宏さんと古茂田杏子さんと観た。宝船に乗船し描かれている从会に関わる人たちの似顔絵を観ながら、誰それはこの絵ねと会話して愉しんだ。七福神は福徳をもたらしてくれる神として信仰される七神である。七福神信仰が盛んになった近世中期以降は、恵比寿(蛭子)・大黒天・毘沙門天・弁財天・布袋・福禄寿・寿老人をいう。新年の行事として七福神の社寺を詣でる習慣がある。ギャラリー内には「母なるおっぱい」を見せる大らかな女性像も描かれている。つぶらさんは、遊び心があり小石に絵を描きお御籤としている。一個拾い上げ裏返すと「吉」と書いてあった。

『七福神図』は3月に東京都美術館で開催された从展にも出品されていたので理解していた。しかし、カタログには近江国風土記より題材を取った『竹生島誕生話』が掲載され強烈な印象だった。伊吹山の神、多多美比古命と姪で金糞岳の神である浅井姫命と高さ比べをし、負けた多多美比古命が怒って、浅井姫命の首を切り落とし、その首が琵琶湖に落ちて竹生島が生まれたという話をモチーフに描かれていた。生々しく鮮血が画面に飛び散り人を殺して新しい生命の島が誕生する絵に衝撃を受けた。丁度、その頃、詩人の中原中也の本を読んでいて、中也が少年の頃に詠んだ短歌「人みなを殺してみたき我が心その心我に神を示せり」を思い出した。この歌は親鸞の「ひとを千人殺してんや」を踏まえている。「自分の側にも悪があるならば、彼は人を責めることができない。自分が悪の犠牲者であると感じた時に彼の心は安堵したのではないか。悪の自覚は「神」を示したのではないだろうかと考えていた。神とは一体何者だろうか。つぶらさんの絵に隠された命には奥深いものがあると感じずにはおれなかった。●山田歩


次回もお楽しみに!

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